2017/06/20

落花


そろそろ何かを書いた方が良いのかも知れないと思い、久し振りにブログを更新することにした。落ち着いて撮影に取り組めるようにと、仕事のスケジュールを調整したつもりだったが、結局は、そのリズムに身体が慣れるのに時間がかかってしまった。撮影した写真はLightroomで管理しているが、月間の撮影数を指標にすれば、3月あたりからは、これまでの半分以下になっていて、5、6月に至ってもその傾向が続いている。撮った写真もなんだか冴えないものばかりで、桜をはじめとした春の花たちが咲く季節だったにもかかわらず、この体たらくである。

それでも時間を見つけて写真は撮っていたし、Twitterには撮った写真を流していた。写真の管理を行なっているメインのパソコンやサブのカメラをリニューアルして、それにともなう機材の整理なども行い、使わなくなったものは中古屋に売って現金化した。写真保存のためのHDDも新しくしたし、編集のために大きなディスプレイを導入して、自室の机まわりや防湿庫まわりは、自分的にはだいぶスッキリした。こんな風に少しずつ外堀を埋めてきて、「もうあとは撮影に出るしかないでしょ」という形を作ってはみたが、その最後の一歩を踏み出す力が出てこないのだから困ってしまう。

少し前に梅雨入りをして、世間的には花菖蒲、紫陽花の季節を迎えたようだ。近場の百花園は言うまでもなく、堀切菖蒲園や松戸の本土寺にも花を訪ねたが、この時期に咲く花たちの中では、ボクは小さな星型の花を咲かせる岩煙草が大好きだ。百花園に咲いていたものは、いつの間にかその姿を消してしまったので、ここ数年は、北鎌倉にある東慶寺まで足を運ぶことにしている。東慶寺は、四季折々の風情が素晴らしい花のお寺だが、この時期は切り立った崖一面に咲く岩煙草の群生が見事で、紫陽花で混雑する少し前に訪ねるのが良い。今年は本堂裏に咲く蔓紫陽花の仲間である岩がらみも見ることができて、ふと気がつけば、入梅前後からすでに3回も通ってしまっていた。

「力が出ない」と言っておきながら、それなりに撮影には出かけている。どうやら「新しい」被写体や風景を探しに出ようという元気が出ないのだ。さらに言えば、このところ好んで撮っているのは、準広角〜中望遠くらいの穏やかな画角で、被写体は繰り返し撮影し続けてきた身近な花たち、しばしば訪ね歩いてなかば馴染みになった街や自然の風景だ。この「日常」が果たしていつまで続くのかと不安を覚える昨今だからこそ、目新しい被写体を追い求めるのではなく、穏やかな「日常」を記憶と記録にとどめておきたいという気持ちがあるのだろう。ひょっとしたら、日々の慌ただしさに、ひどく疲れているだけなのかも知れないが。

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