2017/04/10

玉の井のこと


東向島駅の駅名を示す案内板の下には、小さな文字で「旧玉の井駅」と記されている。永井荷風の「濹東綺譚」で一躍有名になった私娼窟が「玉の井」と呼ばれたことは知ってはいた。ただ、地元に住んでいながら、その場所が具体的にはどこなのか、まったく知らずに過ごしてきた。この間、偶然にも「玉の井」について書かれた書籍を目にする機会があって、その書籍を起点に何冊かの本を読み、ようやく「玉の井」の成り立ちが、おぼろげながら理解できるようになってきた。

玉の井の成り立ちには、歴史上の二つの大きな出来事が関わっている。ひとつは関東大震災、もうひとつは東京大空襲である。江戸の頃にはのどかな農村地帯であった寺島村に、大震災をきっかけに、浅草の銘酒屋が大量に押し寄せてきた。この時この地に生まれた色街が「旧玉の井」。荷風の「濹東綺譚」はこちらを舞台にして書かれている。その旧玉の井の街並みは、大空襲ですっかり焼けてしまった。焼け出された銘酒屋の多くは、旧玉の井の北にある「新玉の井」と、少し離れたところにある「鳩の街」に移って営業を再開し、売春防止法が施行されるまでの10年間ほどの間、「赤線」としてその名を馳せた。読んだ書籍の中には当時の地図があって、新旧玉の井とも、その場所がはっきりと示されていた。空襲で焼けた旧玉の井についても、細かな路地など判然としないところもあるが、大きな道路は今も同じところを通っていて、現在の地図を重ねることができる。いずれの場所も、すでに何度も足を運んだことのある場所であった。

土地にはその場特有の「空気」というものがある。歴史のある神社仏閣の立つ場所は、その周囲とはやや違った「空気」を持っているし、パワースポットと呼ばれる場所は、やはりそれなりのオーラを身にまとっている。そうした空気感は、その土地の歴史にも関係があるのだろうと考えて、気になる街は、ヒマを見つけては歩き、その地名や歴史などにも興味をもって、あれこれと調べてきた。今では普通の住宅地となってしまった「旧玉の井」は、果たしてどうであろうか、そうした「空気」は残っているのだろうかと、過去に想いを巡らせながら街中をぶらぶらと歩いていると、時々、ハッとする光景に出会うことがある。

そんな時には、さっとファインダーをのぞいてシャッターを切る。ハッと思ったその時の「感じ」が写っていることもあれば、残念ながら、何にも写っていないこともある。街を歩きながら撮る写真の愉しみとは、その街の時間の積み重ね、歴史を、現在の風景に重ねて見ることなのだろう。そういう意味では、ただシャッターを切れば、写真が撮れるというものではない。ネイチャーやポートレイトが、被写体への理解やコミュニケーションによって深みを増すように、その街についての理解を深めてゆくプロセスそのもの、つまり対象をより深く見つめることが、街歩き写真の愉しみへと繋がっている。

2017/04/03

新年度


新年度になって、仕事のスケジュールが少し変わったことで、日曜日の朝に予定していたブログの更新をし損ねた。言い訳がましくなるが、今年の桜の開花が、例年とは少し異なっていることも、大いに影響した。どのタイミングで撮影に出たらいいのかと迷っているうちに、ブログ更新のタイミングも逃してしまったのだ。いつもならば、六義園の枝垂桜の満開を合図に桜撮影を開始するのだが、今年は六義園の見頃を待っている間に、染井吉野の満開宣言が出てしまった。ところがそれに反して、駅までの途中にある中学校の染井吉野は、まだまだ咲き始めの風情。このところ、気温はずいぶん低くてまるで真冬の寒さが続いていたし、いったいどうなっているのか、ホントにワケが分からなくなってしまっていた。

ならば実際に確かめてみようと、今日は向島から浅草まで、墨堤の桜を眺めながら歩いてきた。向島近辺では6、7分の咲き具合の桜木が多かったが、言問橋を越えて隅田公園あたりまで南下すると、8、9分、ところによっては満開の桜木もちらほらと、浅草に近づくにつれて見頃の桜が増えてくる。ついでに六義園の枝垂桜も見ておこうと思い立って、浅草から都バスと山手線を乗り継いで六義園へと向かった。枝垂桜はちょうど満開を迎えており、花はまだ散ってはいなかった。帰り際に見たいつもの中学校の桜は、今日の暖かさでだいぶ開花が進んだようで、8分の咲き具合。加えて、夜のニュースのお花見中継を見ていると、上野公園はやはり8、9分咲のようで、週半ばに満開〜桜吹雪を迎えそうな雰囲気である。

こうしてみると、開花、満開を判断する靖国神社の標準木の開花が、今年はやや早かったのではないだろうかと思えてきた。自分の見聞きする範囲内では、東京の桜は、靖国のみが早めで、他のところはそれほどでもない。気象庁の開花、満開宣言に対して、「しまった、出遅れた」と内心焦りを感じていたが、どうやらその必要はなさそうだ。自然は人の小賢しい判断よりもずっと落ち着いているのだろう。昨年の春には、職場そのものが変わってしまって、ペースをつかむのに一苦労。毎年見てきた桜木たちの晴れ姿を眺めることが出来なかったが、今年は週末の連休がほんの少しだけ取りやすくなって、これから桜撮影の本番を迎えることができそうである。

桜の季節は、いつも慌ただしく通り過ぎて、ざわざわと落ち着かない気持ちになる。先の見通しにくい不安な世の中ではある。果たしていつまで、あと何年、こんな風に桜前線を追いかけ過ごすことができるのだろうかとも考える。若い頃には思いもよらなかったこうした感覚は、きっと、自分の持ち時間が有限であると自覚したことにも関係があるのだろう。花疲れのために、連休前に倒れてしまわぬよう心がけて過ごしたい。

2017/03/26

恋の季節


週の初めには春分の日があって、本当に春らしい陽気に包まれた。久し振りに遠出をして、カタクリの里で咲き始めたばかりのカタクリを撮り、箱根の湿性花園を訪ねて水芭蕉を撮った。咲き始めの春の花たちの姿をカメラに収めながら、すっかり春らしくなった風景にワクワクするような気分を味わっていたところ、週の半ばには、東京でのソメイヨシノの開花までアナウンスされた。「今週末は早咲きの桜撮りだ!」と勝手にひとり盛り上がっていたのだが、週の後半、一転して寒さが戻ってきて、まるで真冬のような北風に冷たい雨。ソメイヨシノの開花も足踏みをして、今晩から明日にかけては、箱根のあたりでも雪の予想となっているから、この時期の天気は本当に分からない。

撮影に出る機会が増えてきたこともあって、今週は、このブログに載せたい写真がずいぶんたくさんあった。玉の井の散策中に撮った路地の奥に咲く白木蓮や、春の訪れを告げる鶯神楽、もちろん撮影の主役であった片栗や水芭蕉を撮ったモノの中にも、それなりにお気に入りの写真がある。どれか一枚を選ぶという作業がとても難しかったのだが、それらの多くはTwitterの方に「大量投下」をしたので、そちらでご覧いただくことにして、今回は、恋の季節を迎えて活動が活発になってきた、ご近所の公園のカワセミ君の写真を載せることにした。

ご存知かどうか、繁殖期以外のカワセミ君には強い縄張り意識があって、普段は全くの単独行動をしている。夫婦であっても親子であっても、縄張りに入り込んできた相手は激しく威嚇して追い出してしまうという。それが、この時期だけは、つがいで一緒にいる姿や、オスが獲った獲物をメスにプレゼントするといった、見ているこちらの頰が緩んでしまうような、愛らしい行動が見られることが知られている。鳥撮りをする人にとっても格好の被写体となるらしく、平日だというのに、撮影スポットの公園は、大砲を抱えた人たちで一杯になっており、「昨日は(メスに)獲物を渡すところが見られたんだよ」などという話が、あちこちで飛び交っていた。

ボクもそうした行動を撮りたくないワケではないが、今のカワセミ撮影の課題は、大砲レンズや三脚などの機材の扱いに十分に慣れて、飛び込みやホバリングといった基本的な動きを理解・予測して、きっちりピントの合った写真を撮れるようになることだと考えている。使用しているビデオ雲台や三脚は、今のカメラとレンズを扱うにはやや力不足で、飛び込みを待つ間の長い時間を、レンズを支える左腕がプルプルふるえるのをガマンすることが出来れば、飛び物に関しては、手持ちの方が歩止まりは良いくらいなのだが、よりしっかりした写真を撮るためには、何よりも練習が必要と思って、ボクには珍しく努力を重ねている次第だ。そのうち、ハッとするような写真をお目にかけることが出来ればと思っている。

2017/03/19

晴れた土曜日には自転車に乗って


先日、思うところがあって、学生の頃から乗り続けてきたバイクを、思い切って手放した。その後の禁断症状というワケでもないのだろうが、日に日に二輪のたぐいが欲しくなって、ついに新しく自転車を購入しようと決心した。これまで使ってきたオレンンジ色の折り畳み自転車は、オシャレで可愛らしくて、とても気に入っているのだけど、ぶっちゃけ自分の体格には合わず、「まるで自転車をいじめているみたいだ」と、家人には笑われてきた。家人はボクのオレンジの自転車を狙っているフシがあるので、その発言は、少し割り引いて考えなくてはならないが、正直、自分でもやっぱりちょっと「いじめてる」感じがしなくもない。

「思い立ったらすぐ行動」というわけで、あれこれ調べ始めた。タイヤが太く、見た目、ガッチリとして安心感があるという理由から、マウンテンバイクを中心に探してみると、自分の好みにぴったりで良さそうなモノが見つかった。初めは黒いボディカラーが良いかなと思っていたが、ショップで実車を目の前にして、そこに展示してあった空色の自転車に決めた。ショップの方が言うには「よくあるパターン」なのだそうだ。予約をすると、納車は3月末から4月初めになるという話だったが、予定よりもずいぶん早くに入荷の連絡をいただいて、先日、さっそくショップまで受け取りに出かけてきた。

その日はよく晴れていたこともあって、購入初日に、ショップから職場まで、職場から自宅までの合計30数kmの道のりを走ってみた。午後から学習会の講師を引き受けており、納車の日程を先延ばしすることも考えたのだが、「時間的に厳しいなら、買ったばかりの自転車で移動してしまえ」と、まあボクらしく、あと先考えずに行動。結果として、勉強会の時間には間に合い、講師もつつがなく終えることができたものの、普段、運動不足の身体に長距離の自転車はなかなか厳しく、さっそく筋肉痛に悩まされている。

自宅から職場までは、Google先生によれば、およそ12kmほど。普通に走れば一時間はかからないくらいの距離である。混雑している国道が中心なので、走って気持ちの良い道とは言い難いが、大きな川を渡る時など、バイクやクルマでは、あっという間に流れ去ってしまう風景が、ゆっくり走る自転車からは、とても良く見える。写真を撮るには少々速過ぎるのだが、それでも、季節の移り変わりを肌で感じ、風景を楽しみながら走ることはステキな体験だ。晴れた土曜日の通勤は、この空色の自転車に乗って…などと空想しては、少しワクワクしている自分を見つけて、ちょっと可笑しくなった。

2017/03/12

路地裏の自然


細く曲がりくねった向島の路地に一歩足を踏み入れると、玄関や窓辺に所狭しと並べられた鉢植えの植物たちの姿が目に飛び込んでくる。いかにも鉢植えに似合いそうな花を咲かせる一年草だけではなく、紫陽花や木槿といった、成長するとかなり大きくなる花木が、ボロボロになったトロ箱に植えられている。「こんなところに!」と、驚かされることも多い。「ベランダ園芸」に対して「路地裏園芸」と呼んだ都市研究者がいたが、確かに名前をつけたくなるほど際立った存在感だ。

人の気配のする家ーそれは夕飯の焼き魚のにおいや、聞こえてくる野球放送の音だったりするのだがーの前では、一見、植物たちは行儀良く鉢の中におさまっている。しかし、主人を失った家の前にある植物たちは、次第に鉢の中ではおさまりがつかなくなってゆく。植物の「穏やかさ」「癒し」といったイメージとは裏腹に、南国の深い森に生きる植物たちのような、たけだけしい本性をあらわにしてゆく。窓に壁に柱にと、幾重にも取りついて(憑いて)古びた家を絞め殺す…そんな風に見えてくるから恐ろしい。

以前から、こうした植物たちの姿を眺めながら、都市としての機能を失ってしまったトウキョウの姿を想像することがあった。大災害でライフラインが断たれ、多くの人がこの地を離れてしまうといった極端な設定でも、あるいは、人が集まらなくなった商店街のように、トウキョウ全体がゆっくりと枯死して行くといった緩やかな設定でも良い。否応なくそこに暮らす人間たちは、野放途に広がった植物の陰でひっそり生きている…よく、そうしたイメージを思い浮かべていた。しかし、そんな他愛のない空想は、2017年の今日、すでにフクシマとして現実化してしまっている。

東日本大震災から6年が過ぎた。その後も、日本各地で予測できない自然災害が次々と起こり続けていて、その度に、「自然」を前にした人間の小ささ、弱さを自覚させられる。おそらくは、路地裏に置かれた植物たちは、都市にぱっくりと口を開けた亀裂なのだ。その亀裂は、人間が制御することのできない「自然」へとつながっている。路地裏にひっそりとあるこうした「自然」が、都市を絞め殺す恐ろしい姿となってあらわれたのちに、ナウシカに描かれた腐海のように、汚れてしまったこの大地を、ゆっくりと浄化してくれることを願ってやまない。

2017/03/05

啓蟄


3月に入って、もうホントにびっくりするくらい、すっかり春めいてきた。何よりも日差しがあたたかみを帯びた色に変わって、北風さえ吹いていなければ、ひだまりの中ではぽかぽかとしてくる。身体から力が抜けて、こころがやわらかくなっていくのが実感できる。もちろん、来週に入ると冬に逆戻りという天気予報だから、まだまだ春本番というわけにも行かず、しばらくは、春と冬とを行ったり来たりするのだろう。

こんなに良い天気だと言うのに、土曜、日曜と自室にこもったままで過ごしている。年明けから、慣れない学会発表やら講演やらが立て続けにあって、それらに加えて、2月の初めからは、私ごとでもバタバタとしていた。昨年、新たに始めた仕事も間もなく一年が過ぎようとしていて、順調に忙しくなって来ている一方、新たな課題や問題も出てきている。それなりに頭を抱えてしまうような話もある中、多忙の合間を縫うようにやや無理をして、撮影に出かける時間を作って来た。

そうした無理の積み重ねからか、3月に入ってひどく体調を崩してしまった。週の後半から、激しい頭痛と肩こり、吐気などの、おそらくはストレス性の身体症状が次々とあらわれてしまい、今週末は少し大人しく過ごすことにした。もともと春先は、気温の上下に身体がついて行かず、花粉症の症状にも悩まされて、体調を崩しやすい時期だ。例年は、よくよく注意をして睡眠をとるようにと心がけていたのだが、今年は忙しさのあまり、そうした対策がやや疎かになっていた。

そんなワケで、今日は自室にこもって、普段やらないような書類の整理や、身の回りの片付けなどをしながら、のんびりと過ごす予定だ。来週からは、ふたたび忙しい仕事に取り組まなければならないし、まったく馬鹿げた、しかし見過ごすことのできない政治問題の行方も、しっかり見届けなくてはならない。ゆっくりできるのは、今日いっぱいくらいだろうか。

2017/02/26

東京スカイツリー

このところの休日は、鳥の姿を追いかけてばかりで、浅草までの散歩をサボっていたが、TwitterのTLにスカイツリーと河津桜の写真が繰り返し流れてくるので気になっていた。仕事を終えた土曜日の午後に、久し振りに浅草寺界隈を撮り歩いて、お気に入りの鳥屋で焼鳥をいただいたあと、ほろ酔い気分でスカイツリーまで歩いて目的の河津桜を見つけた。まだ若い桜木が2本ほど、狭いスペースで花を咲かせているのだが、桜の足元には何本もの三脚が我がモノ顔。スカイツリーの光加減が良い具合になるのを待っているのだろうが、一般客には迷惑この上ない。中には他の人の邪魔にならぬよう、なるべく短時間で撮影を終える努力をしている人たちもいたが、残念ながらそうではない人も。良い絵を撮りたい気持ちはとてもよく分かるのだが…

2017/02/19

奥日光冬景色

週の終わりに春一番が吹いてとても暖かくなったと思っていたら、今日は一転して冷たい北風になって気温が下がった。しかし、日に日に増してくる日差しの力強さは、もうはっきりと春になったことを告げている。自身がホームとする向島百花園でも早春の花たちが咲き始めて、その中を嬉しそうに飛び回る小鳥たちの姿とともに、撮影枚数もぐっと増えてきた。週1回ペースでブログを更新するようになって、今週はどの写真を選んだらよいのだろうと、週末を迎えるたびに頭を悩ませてきたが、そんな風に悩めるのもまた嬉しいこと。ブログでは載せられない、良いなと思ったほとんどの写真は、その都度ツイッター(@HasegawaU)にあげているので、興味のある方はフォローしていただけると嬉しい。そんなわけで、今週の写真は奥日光の冬景色にした。この日は一時間ごとに青空と吹雪とが入れ替わる不思議な天気であった。

2017/02/12

奥日光にて

若い頃から、スキーやスノーボードといったウィンタースポーツとは無縁だったこともあって、これまでは寒冷地をクルマで訪れるといった機会はほとんどなかった。それが、北海道は鶴居村の冬のタンチョウを撮りたいという一心で、クルマを4WDに変え、スタッドレスタイヤを装着し、昨年は初めて冬の奥日光を訪ねてみた。ところが、昨年の奥日光は思ったほどの積雪はなく、鶴居村を訪ねた際も雪道と呼べるような道路状況ではなかったから、実質的には今回の旅行が、ボクにとっては初めての本格的な雪道体験となった。行きのいろは坂からして凍結していたので、どうなることかと心配をしたが、雪の積もった坂も拍子抜けするくらいあっさり登っていってしまう。試しにと、戦場ヶ原の長い直線でスピードを上げ、強めにブレーキを踏んでみたところ、流石にずるっと滑って嫌な感じだったが、雪が積もって、ところどころツルツルに凍った三本松園地の駐車場でも難なく走ることができて、冬の奥日光を訪れることは、それほど難しくはないことが分かった。さらに今回はネイチャーガイドさんをお願いして、夏場のハイキングでよく歩く場所を、スノーシューを借りて歩いてみた。普通に歩くよりはかなり体力を消耗するが、天気が良ければ小田代ヶ原までの往復くらいならできそうである。シジュウカラ、ゴジュウカラ、コガラ、アカゲラといった鳥たちや、キツネ、テン、ウサギ、シカなどの足跡、クマがかじった木の根元、氷点下10度の中、葉を硬く丸めて身を守るアズマシャクナゲの姿など、様々な生き物の姿を見ることができて、とても楽しい雪山体験だった。

2017/02/05

立春過ぎて

立春を過ぎて、日差しはいくらか春めいてきた、ような気がする。百花園では、セツブンソウ、ユキワリソウの姿こそ見かけないが、マンサクは花を咲かせ始めていて、数多くある梅には、すでに盛りを過ぎたものもある。朝晩はまだまだ寒くてあまり実感は持てないけれど、そうして見ると、ずいぶん春らしくなったと言っても良いのだろう。話はかわって、昨年秋頃から、百花園の池にはカワセミ君が毎日のように顔を出してくれていたので、今年の冬はすっかり鳥撮りにはまってしまっていた。ところが、先日、池のまわりの枯草がキレイに刈り取られて、カワセミ君がお休みどころにしていた松が、人が頻繁に行き来する通路からスッキリ見通せるようになり、その後、カワセミ君は姿を見せなくなってしまったのだ。また来てくれるのではないかと、休日には一度は足を運んで様子を確認しているが、今のところは再会できず、梅に集まるメジロや、嬉々として大きなザリガニを捉えて飲み込むアオサギ君、時々顔を出すジョウビタキ君たちを撮って過ごしている。本埜の白鳥飛来地にも何度か足を運んで、騒がしい白鳥たちの姿をカメラに収めているが、二月も半ばになれば、北へと旅立ってゆくのだろうから、今年の鳥撮りのシーズンもあと少しになった。

2017/01/29

都鳥

自宅から浅草までの散歩の途中に隅田公園があり、そこの池には冬になるとユリカモメが集まってくる。伊勢物語の中には、東国に配流された在原業平が、その鳥の名を聞いて詠んだという有名な歌がある。以下、Wikipediaからの引用になるが、伊勢物語の東下りの部分を記しておく。
なほゆきゆきて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。(中略)さるをりしも、白き鳥の嘴と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡しもりに問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、『名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと』とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
隅田川にかかる橋に言問橋という橋があって、その近くの東武線の「業平橋駅」は、スカイツリーの開業に合わせて「とうきょうスカイツリー駅」と名前を変えてしまった。由緒ある名前が失われてしまうのは、とても残念な気がする。 

2017/01/22

カワセミくん

近場に住み着いてくれたおかげで、この冬はカワセミくんの様子を間近で観察する機会が多く、獲物を狙って飛び込む速い動きにも、ずいぶん目と手がついて行くようになってきた。カメラのAF性能が上がったこともあって、歩留まりは確実に良くなっている。時々は、「お、なかなか良い感じ」と思えるカットもあって、素人でここまで撮れれば文句はないと思ってみたり、今の機材でもう少し頑張れるのではないかと考えてみたりと、いつまで経っても、どこまで行っても悩ましい。まさに「沼」な感じではあるのだが、いっそのこと、大砲レンズに手を出して、どこまでものめり込んで撮ってみたい気もするのだ。

2017/01/15

本埜の白鳥

速いシャッター速度で動きを止めたイメージは、狙い通りに撮れるようになってきたので、ちょうど日暮れてあたりが薄暗くなってきたこともあって、しばし流し撮りの練習をしてみることにした。シャッター速度は1/60秒、絞りはF5.6で、望遠レンズで着水間際の白鳥を、手持ちで追いかける。これだけシャッター速度を落としているにもかかわらず、ISO感度は2500まで上がっていたから、実際には相当暗かったのだろう。さすがのD500のAFもかなり迷うわけだ。不規則に方向や速度を変えながら着水する白鳥の流し撮りは、思ったよりもずっと難しくて、道をゆくクルマの流し撮りとは難易度が全く違う。結果、ブレボケ写真を量産してしまったが、中にはそこそこイメージ通りに撮ることができたものもあり、まあ、初めての挑戦にしてはなかなか健闘したのではないかと思うことにした。

2017/01/08

七草粥

毎年、百花園のこの七草粥を食べるのを楽しみにしている。休日の関係で食べ損なう年もあるが、今年は七草がちょうど土曜日に当たっていて、半日の仕事を終えた帰りに立ち寄ってお昼の食事にいただいた。香の物が添えられたシンプルなお粥は身体にも心にも優しくて、仕事始めの慌ただしさで疲れ切った心身にゆっくりと沁みてくる。食事のあとは園内を散策。この時期にはさすがの百花園も、椿と水仙に、あとは蝋梅くらいしか旬な花はない。ただ今年は、園内の池にカワセミ君(以前の記事とは異なりどうやら若い女子のよう)が居着いていて、さかんに飛び込みを見せてくれるのが嬉しい。もう梅も咲き始めてきたが、もう少し咲いてくれば、今度はメジロが集まってくるだろう。

2017/01/01

富士を望む

大晦日からお正月にかけて、いつものように南伊豆を訪れている。東名高速道路の渋滞を越えて、沼津から西伊豆をまわるコースで伊豆半島の先端までやってきた。東伊豆の海岸線をまわるコースは、この時期、帰省のクルマで渋滞して二進も三進も行かなくなってしまう。それに西伊豆まわりのこちらのコースでは、海の向こうには富士山の姿が見えるし、沈む夕日を眺めながら好きな峠道を走ることもできる。今日も一日を通して富士の姿を眺めることができて嬉しかった。今回の年末年始は穏やかな晴天が続くそうだから、明日からもまた楽しみである。話はかわって、昨年末に休止したこのブログ、実はこそこそ地味に週1ペースで更新していた。このペースならば、仕事が忙しくなってもなんとか続けられそうな気がしていて、新年からあらたにはじめて見ようと思い立った。別に新しくする必要はなかったのだが、それはまあ気持ちの問題。ブログのアドレスは以前と同じで、過去のブログ(旧・晴撮雨読)は、アドレスを変更して残してある(本文中のリンクをクリックすればアクセスできる)。みなさま、本年もどうぞよろしくお願い致します。

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