2017/04/25

福島の桜


東京の桜がすっかり終わる頃には、福島の桜が満開を迎える。原発震災をきっかけに、この地の桜はもう見られなくなるのではないかという危機感があって、2011年春からは毎年のように足を運び、福島にある有名無名の一本桜を訪ね歩いてきた。今年は、昨年見つけた七草木の天神桜を青空のもとに撮ろうと思っていたところ、ボクにはすっかりお馴染みの三春滝桜を見たことがないと相方が言い出したものだから、これはぜひ行かねばなるまいと、先週末に三春町まで出かけてきた。

常磐道を北上して磐越道に入り、船引三春ICの混雑を避けて、手前の小野ICで高速道を降り、すっかり走り慣れてしまった下道を通って三春に入る。この近辺には立派な一本桜が数多くあり、時間があれば、あちこち見てまわりたかった。ただ、今回は出発時刻が遅かったことや、初めて見るという相方のためにも、昼間の滝桜をしっかり見ておいた方が良いだろうと思い、あまり寄り道をせずに目的地へと向かうことにした。東京からはクルマで3時間ほどの距離である。

滝桜は相変わらずの存在感ではあったが、今年、思いがけず嬉しかったのは、途中に立ち寄った紅枝垂地蔵桜の撮り方がいくらか分かってきたこと。羽を広げた鳥のように見えるこの桜は、その姿や花色から、三春滝桜の娘ではないかと言われている。すぐわきを道路が走り、後ろには山の斜面が迫っている。桜木の下方には花がなく、木の根元にある「地蔵堂」を入れて撮影しようとすると、途端に構図が窮屈になる。標準ズームでの撮影を諦め、桜木の下に入り込んでの超広角と、後方から手前の道路や人も一緒に望遠で切り取った構図に、この桜らしさがあると感じた。

六義園の枝垂桜や滝桜のように何度も訪れている桜は、だいたい撮り方が定まって来る。滝桜の場合は、一段小高くなったところ、桜木の「正面」に立ち、後方にある染井吉野の並木と、まだうっすら明るさの残る西方の空を入れてシャッターを切る。新味のない、ある意味「定点撮影」の様になってしまっているのだが、先ずは、それぞれの桜ごとに、自分なりの「形」を作ることが大切だと考えている。撮影は一期一会、本来ならリアルタイムでその「形」を見い出さなくてはならないのだろうが、紅枝垂地蔵桜は、今回、やっとそこに辿り着いた気がする。

2017/04/10

玉の井のこと


東向島駅の駅名を示す案内板の下には、小さな文字で「旧玉の井駅」と記されている。永井荷風の「濹東綺譚」で一躍有名になった私娼窟が「玉の井」と呼ばれたことは知ってはいた。ただ、地元に住んでいながら、その場所が具体的にはどこなのか、まったく知らずに過ごしてきた。この間、偶然にも「玉の井」について書かれた書籍を目にする機会があって、その書籍を起点に何冊かの本を読み、ようやく「玉の井」の成り立ちが、おぼろげながら理解できるようになってきた。

玉の井の成り立ちには、歴史上の二つの大きな出来事が関わっている。ひとつは関東大震災、もうひとつは東京大空襲である。江戸の頃にはのどかな農村地帯であった寺島村に、大震災をきっかけに、浅草の銘酒屋が大量に押し寄せてきた。この時この地に生まれた色街が「旧玉の井」。荷風の「濹東綺譚」はこちらを舞台にして書かれている。その旧玉の井の街並みは、大空襲ですっかり焼けてしまった。焼け出された銘酒屋の多くは、旧玉の井の北にある「新玉の井」と、少し離れたところにある「鳩の街」に移って営業を再開し、売春防止法が施行されるまでの10年間ほどの間、「赤線」としてその名を馳せた。読んだ書籍の中には当時の地図があって、新旧玉の井とも、その場所がはっきりと示されていた。空襲で焼けた旧玉の井についても、細かな路地など判然としないところもあるが、大きな道路は今も同じところを通っていて、現在の地図を重ねることができる。いずれの場所も、すでに何度も足を運んだことのある場所であった。

土地にはその場特有の「空気」というものがある。歴史のある神社仏閣の立つ場所は、その周囲とはやや違った「空気」を持っているし、パワースポットと呼ばれる場所は、やはりそれなりのオーラを身にまとっている。そうした空気感は、その土地の歴史にも関係があるのだろうと考えて、気になる街は、ヒマを見つけては歩き、その地名や歴史などにも興味をもって、あれこれと調べてきた。今では普通の住宅地となってしまった「旧玉の井」は、果たしてどうであろうか、そうした「空気」は残っているのだろうかと、過去に想いを巡らせながら街中をぶらぶらと歩いていると、時々、ハッとする光景に出会うことがある。

そんな時には、さっとファインダーをのぞいてシャッターを切る。ハッと思ったその時の「感じ」が写っていることもあれば、残念ながら、何にも写っていないこともある。街を歩きながら撮る写真の愉しみとは、その街の時間の積み重ね、歴史を、現在の風景に重ねて見ることなのだろう。そういう意味では、ただシャッターを切れば、写真が撮れるというものではない。ネイチャーやポートレイトが、被写体への理解やコミュニケーションによって深みを増すように、その街についての理解を深めてゆくプロセスそのもの、つまり対象をより深く見つめることが、街歩き写真の愉しみへと繋がっている。

2017/04/03

新年度


新年度になって、仕事のスケジュールが少し変わったことで、日曜日の朝に予定していたブログの更新をし損ねた。言い訳がましくなるが、今年の桜の開花が、例年とは少し異なっていることも、大いに影響した。どのタイミングで撮影に出たらいいのかと迷っているうちに、ブログ更新のタイミングも逃してしまったのだ。いつもならば、六義園の枝垂桜の満開を合図に桜撮影を開始するのだが、今年は六義園の見頃を待っている間に、染井吉野の満開宣言が出てしまった。ところがそれに反して、駅までの途中にある中学校の染井吉野は、まだまだ咲き始めの風情。このところ、気温はずいぶん低くてまるで真冬の寒さが続いていたし、いったいどうなっているのか、ホントにワケが分からなくなってしまっていた。

ならば実際に確かめてみようと、今日は向島から浅草まで、墨堤の桜を眺めながら歩いてきた。向島近辺では6、7分の咲き具合の桜木が多かったが、言問橋を越えて隅田公園あたりまで南下すると、8、9分、ところによっては満開の桜木もちらほらと、浅草に近づくにつれて見頃の桜が増えてくる。ついでに六義園の枝垂桜も見ておこうと思い立って、浅草から都バスと山手線を乗り継いで六義園へと向かった。枝垂桜はちょうど満開を迎えており、花はまだ散ってはいなかった。帰り際に見たいつもの中学校の桜は、今日の暖かさでだいぶ開花が進んだようで、8分の咲き具合。加えて、夜のニュースのお花見中継を見ていると、上野公園はやはり8、9分咲のようで、週半ばに満開〜桜吹雪を迎えそうな雰囲気である。

こうしてみると、開花、満開を判断する靖国神社の標準木の開花が、今年はやや早かったのではないだろうかと思えてきた。自分の見聞きする範囲内では、東京の桜は、靖国のみが早めで、他のところはそれほどでもない。気象庁の開花、満開宣言に対して、「しまった、出遅れた」と内心焦りを感じていたが、どうやらその必要はなさそうだ。自然は人の小賢しい判断よりもずっと落ち着いているのだろう。昨年の春には、職場そのものが変わってしまって、ペースをつかむのに一苦労。毎年見てきた桜木たちの晴れ姿を眺めることが出来なかったが、今年は週末の連休がほんの少しだけ取りやすくなって、これから桜撮影の本番を迎えることができそうである。

桜の季節は、いつも慌ただしく通り過ぎて、ざわざわと落ち着かない気持ちになる。先の見通しにくい不安な世の中ではある。果たしていつまで、あと何年、こんな風に桜前線を追いかけ過ごすことができるのだろうかとも考える。若い頃には思いもよらなかったこうした感覚は、きっと、自分の持ち時間が有限であると自覚したことにも関係があるのだろう。花疲れのために、連休前に倒れてしまわぬよう心がけて過ごしたい。

人気の投稿